2023年5月に筑西市玉戸にて「池田クリニック」を開院することになりました。 私は筑西市に生まれ育ち、筑波大学で医学を学び、茨城県内の医療機関で消化器外科診療に従事してまいりました。2018年に筑西市にて茨城県西部メディカルセンターが開院となり、外科診療の立ち上げに携わりました。患者さんの中には旧友のご家族や小中学校時代の恩師などもいました。故郷で勤務しているなかで、より地域に寄り添った医療を提供したいとの気持ちが強くなりました。 私が診療において大切にしてきたものは、患者さんの「生き方」に共感することです。これまで専門としてきた消化器外科医としての経験を活かして、患者さんから信頼され何でも気軽に相談できる「かかりつけ医」でありたいと思っています。
この度、茨城県筑西市二木成に脳神経外科・内科のクリニックを開業させていただくことになりました手塚正幸と申します。 2009年に愛知医科大学を卒業後は脳神経外科医として自治医科大学で脳脊髄の手術、集中治療にたずさわってまいりました。今後は茨城県筑西市および周辺地域の脳の相談窓口として、ありふれた症状から専門的な病気まで、地域の皆さまの悩みに真摯に向き合い、症状と病態に即した指導と治療を行います。 脳神経外科専門医として、頭痛外来や物忘れ(認知症)外来、てんかん外来にも注力していきます。 あたまの症状でお悩みがあれば気軽にご相談ください。
2024年10月から、茨城県筑西市で「はら整形外科リハビリクリニック」を開業させていただく原 洋行と申します。どうぞよろしくお願いいたします。 私は下館市(現筑西市)で生まれました。その後父の転勤に伴い、前橋、東京、真岡、水戸、東京と引っ越しをして、中学校から下館市に戻りました。引っ越しが多かったため家族全員大変でしたが、この地に戻ってきてから父は祖父とともに整形外科医として地域医療に尽力してきました。その姿を見て育ち、私もいずれは整形外科医としてこの地で地域医療に貢献したいと考えるようになり、医師を志しました。 私はこれまで最新の知識と技術を学ぶことで、患者さんに不利益にならない診療をすることに努めてきました。一般整形外科学はもとより、脊椎と骨粗鬆症の診療を得意としていまして、2021年に脊椎脊髄病学会脊椎脊髄外科指導医を、2022年に日本骨粗鬆症学会認定医を取得しました。以前勤務していました順天堂大学医学部附属浦安病院では一般診に加えて腰痛診、脊椎診および骨粗鬆症診を任され、そこで腰痛という病気の奥深さや骨粗鬆症治療の重要性などを学びました。また、この時期に自分自身も腰椎椎間板ヘルニアを患い、左足が麻痺して3ヶ月間ほど歩行が困難になり、左足の痛みやしびれも強く、普段の生活もままならない状態でとても辛かったです。現在はランニングができるまでに回復しましたが、この経験を経て患者さんの辛い状況をより理解できるようになったと感じています。さらに整形外科医になってからずっとリハビリテーションによって患者さんの状態が改善していくのを目の当たりにし、リハビリを行う先生方は患者さんにより近くで接して症状改善に努めており、その重要性も強く感じてきました。 私の目標は、医療を通じてこの地域の全ての方が健康で笑顔になれるようにすることです。そのためにはまず、スムーズで、快適で、的確な医療が必要だと考えています。診察まで患者さんをなるべくお待たせしないように当日順番予約システムを導入し、クリニックの内装は落ち着いた雰囲気の環境を作り、お待ちいただく間もなるべく快適に過ごせるようにと考えています。また、的確な医療を実現できるように最新のレントゲン機器や超音波診断装置、骨密度測定装置、リハビリ機器を導入しています。 筑西市を中心とした地域の皆様に貢献できるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。
こんにちは、マナティー歯科クリニック 院長 渡辺 崇 (ワタナベ タカシ)です。 当院は予防歯科を中心に診療を行っていきます。歯科治療をおこなう上で、最も大切なのは最新鋭の機器ではありません。患者様に合わせた治療計画とそれを実践できる技術力です。これまで培ってきた技術を発揮し地域に貢献します。また治療に際し何をしているか気になりませんか?当院では必ず治療前後の写真を撮影し当日何をしたか、必ずご説明します。よろしくお願いいたします。
皆様、こんにちは。病院長の渡辺重行と申します。私は、長らく筑波大学医学専門学群講師、准教授を務めたあと、2009年より水戸協同病院に設置された筑波大学附属病院 水戸地域医療教育センター センター長、その後水戸協同病院 病院長として勤務し、水戸の医学教育と地域医療に力を注いでまいりました。そして、2024年4月より県北医療センター高萩協同病院 病院長に就任させていただきました。実は当院には、2017年から数年間、勤務したことがあり、心暖かい市民の方々と美しい自然、そして素晴らしい病院スタッフに囲まれたこの病院で、大変やりがいのある勤務をさせていただき、いつか再びこの地で勤務できたらと密かに思っておりましたので、再び戻ってくることができ、大変に嬉しく思っております。 今後、地域の皆さんに安心して受診してもらえるよう、また近隣の先生方から信頼していただけるよう、そして、より高度な医療が必要な際には高次医療機関にスムーズに連携できるよう、さらなる発展を目指し、皆様からより厚く信頼していただける病院となるよう、職員一丸となって努力して参りたいと思います。どうぞ、これからも当院をよろしくお願い申し上げます。
手先の器用さを生かすため、歯科医師を志しました。 治療を担当させていただきます山田です。 症状とその治療について、十分に説明し、患者皆様によく理解、納得していただけるように心がけています。 特に歯科の治療では,手先の とても細やかな精度が求められます。 高い技術力と豊富な経験を生かし、日々 全力で治療にあたっています。
こんにちは、院長の 神部直博 (かんべ ただひろ) です。干支は丑年で血液はAB型です。神奈川県横浜市のとある商店街で、お茶屋の次男坊として生を受けました。ちっちゃな頃から悪ガキで、商店街では屈指のいたずら者で通っていました。ちょうど東京オリンピック開催の頃でしたから、横浜の商店街といっても道路は未舗装、お店は木造平屋で映画『三丁目の夕日』さながらの町並みでした。あの映画に出てくる子供たちの服装や遊びは、私の思い出そのものです。 小学校4年生の時、二つ歳上の兄が通う剣道場を、好奇心で覗いたのが事の発端、以後大学を卒業して社会に出るまでの20年間、竹刀を握るハメとなりました。え、計算があわない?はい、人生いろいろです。私の人生、紆余曲折・波乱万丈です。高校は地元の県立光陵高校に通いましたが、鬼の様な剣道部顧問の元で、地獄のような剣道生活を送りました(田島先生、ごめんなさい!)。正月元旦、お盆も休まず練習、合宿は年に4回。学校は電車とバスを乗り継ぎ1時間ほどの場所でしたが、交通機関がストライキの時も、学校までランニングして集まり、練習しました。「継続は力なり」というありがたい教えを、身を持って教えていただいたのです。学校自体は学業重視の進学校だったのですが、剣道部だけは別世界の様相で、打たれ強い性格と強靭な体力をここで養っていただきました。 高校3年間剣道まっしぐらの生活でしたから、将来は高校教師となって剣道部の顧問をするものだと固く信じていました。そんなある日、北里柴三郎の生涯をドラマ化した番組がテレビで放映されたのです。ちょうど多感な年頃でしたから、すぐに影響されて、翌日には「おれは 医者になる!」と公言してはばかりませんでした。父親は「分かった、ただし国立にしてくれ」と一言だけ。この日を境に、剣をペンに持ち替えての壮絶な戦いが始まったのです。 高校を卒業して、すぐに大学へ行くのも芸がないので、横浜桜木町にある神奈川県立図書館へ2年間通い、読書三昧の日々を送りました。デカルト、カント、ショーペンハウエルなどの哲学書をはじめ、宮本武蔵の『五輪の書』を読破したのもこの頃です・・・・・・・。すみません、うそをつきました。浪人です。でも哲学書を読みあさったのは本当です。3浪目からは、舞台を東京市ヶ谷にある「〇台予備校」にうつしての延長戦となりましたが、結局のところ苦節4年の末、若干の進路変更を余儀なくされ、長崎大学歯学部に入学を果たしました。かの長きにわたる苦難の日々に耐える事が出来たのも、ひとえに田島先生のおかげと、心より感謝しております。 大学へ進学すると、学問と剣道の両立に苦労しました。剣道部はサークルではなく、全日本などにも出場する長崎大学体育会の剣道部でしたから、練習量は高校の頃と変わりませんでした。部内では副主将を任されていましたが、「文武不岐」 言うは易し、行うは難しです。 大学を無事6年で卒業して就職した先が「医療法人恵歯会」です。恵歯会は歯科医療としは日本最大規模の医療法人で、分院は国内に留まらず海外にまで手を延ばしていました。ここで、様々な先生方に師事していただいた事が私の人生の宝となりました。口腔外科、矯正、インプラント、無痛治療、滅菌法、等々。今の自分の礎を築いていただいたのも恵歯会のお陰です。現在も「関東恵歯会OB会」に所属し、勉強会や家族会に出席させて頂き、常に研鑽を怠らぬよう心がけています。
当院は先代が高萩市春日町の地に開業して以来、地域医療の向上に努めてまいりました。 これからも地域の皆さまに頼りにされるかかりつけの医療機関として、スタッフ一同、より質の高い医療の提供を目指してまいります。 患者さんの健康を生涯にわたってお守りする良きパートナーとして、わかりやすく、丁寧な診療に努めてまいりますのでどうぞ宜しくお願いいたします。
お知らせ はじめまして、院長の小島敏明です。 このたび、2016年5月2日(月)に高萩駅近くにて 「おじま内科・消化器内科クリニック」を開院する こととなりました。 いわき市立総合磐城共立病院に12年間勤務し、 内科全般おもに消化器、肝臓病の診断および治療に 携わってきた経験を活かし、微力ながら地域医療の 向上発展に尽くしてまいります。 どうぞよろしくお願いいたします。
きぬ医師会病院は昭和63年6月13日に開院しました。きぬ医師会が経営母体であり、関係する市町村は常総市(旧水海道市・旧石下町)、坂東市(旧岩井市・旧猿島町)、つくばみらい市(旧谷和原村)となります。医師会病院ですので医師会会員との連携や地域自治体および地域住民の皆様との連携は密なものがあります。また、筑波大学の関連病院として、学生やレジデントの教育にも関わってまいりました。従って、質の高い医療を提供してまいりました。また、看護学校を併設しておりますので、看護学生の教育や救急隊員や救急救命士の教育、実習にも関わり、地域と深い関係を保っています。 度重なる医療制度改革や診療報酬制度の改定が行われ、中小病院にとってはきわめて厳しい状況にあります。平成16年4月からの新卒後臨床研修制度や国立大学の独立行政法人化などにより、地域の病院から医師が減少しはじめました。また、診療報酬のマイナス改定も加わり、病院や医院の縮小や廃業が目立つようになりました。きぬ医師会病院でも常勤医師が減少し、地域のニーズに十分お応えできない状態となり、心苦しく思っております。 しかしながら、大病院だけで全ての医療がまかなえるわけではなく、大病院だけが良い医療を提供できるものでもありません。医療の根底には、人と人の心の交流が存在すると思います。中小病院ならではの特性を最大限に活かし、今後も地域医療の発展に尽力してまいります。 平成27年9月の関東・東北豪雨により当院は大被害を受け、一時は入院患者さんを受け入れられず、仮設テントで外来診療を行うなどの厳しい状況下に置かれました。しかしながら、各方面からの暖かいご支援と、地域医療に貢献したいという職員の頑張りに支えられ、現在は被災以前と変わらぬ状態までの復興を果たしております。 これからも、心の交流を大切に、地域の皆様にとって、必要であり、安心して利用して頂ける病院であり続けられるよう努力していきたいと思っております。
こんにちは。「須賀デンタルクリニック」院長の須賀 文亮です。 お口の健康は、全身の健康や生活の質に大きな影響を与える要素なので、私は歯科医師として「歯の健康寿命を延ばす」ために、子どもの頃から実践できる予防や歯を失う最も大きな原因である歯周病、歯を失ったとしても快適な生活を送れるインプラント治療などに注目し、力を入れて取り組んでまいりました。 父が長年この地の地域医療に貢献してきた須賀歯科医院を受け継ぎ、須賀デンタルクリニックとして、これからも地域にお住いの皆さまの健康と質の高い生活をサポートできるように尽力してまいります。 お口のことでお困りごとがあれば、お気軽にご相談ください。
当院は、常総市といういわゆる田舎にある小さな歯科医院ですが、「患者様に安心してご来院いただき、常に最新・最高の歯科治療を患者様に提供し、満足してお帰りいただく」ことを第一に考えて日々診療しています。 昨今、めまぐるしい医療技術の発展に伴い、新しい治療機材の出現、歯科医師の切磋琢磨による技術革新が起こっております。 その波に都内の歯科が乗り、郊外の歯科の技術や設備は昔のままという状況が起こっています。 そんな中、当院では常に最新の設備、最高の技術をもって患者様の治療に当たるべく、最新機器の導入、各勉強会には積極的に参加し、学会などで発表を行なっております。
院長の森田 栄です。「カスミ水海道栄町店」敷地内に歯科医院をオープン致しました。(2015年4月) 患者の皆様に質の高い医療を提供するには、より客観的で精度の高い診断と、患者様へしっかりした治療説明、そして十分にご理解いただいたうえで治療を行い、ご満足いただけることが大切だと思っております。口腔領域の健康を害する異常と疾患について、お悩み・ご相談がございましたら診断・予防・治療等、十分に対応致します。また矯正の歯科医師と一緒に治療致しますので、お子様の成長と共にあらゆる角度からご相談に応じることができると思います。
常総市水海道山田町でクリニックを開業させて頂いた、斎藤昌昭です。 私は医師になった時より「一人の人間を身体ばかりではなく、心理的、社会的な存在として総合的に診させていただきたい」と思っていました。 そこで生まれた時から青年まで身体的、心理的な成長を見渡せる小児科の専門医となりました。 その後は、地域の医療機関で 30年間プライマリ・ケア医(総合診療)、かかりつけ医、家庭医として赤ちゃんから思春期の子どもたち、そして成人、ご高齢の方々のご相談に対応して参りました。 この経験を生かして診療していきたいと思いますのでどうぞ宜しくお願いいたします。
昭和60年、石浜歯科医院はこの地に開院し、37年間歯科医療に従事しておりました。 令和4年6月、建物を新たにリニューアルオープンいたします。 今まで、歯医者さんで詳しい説明をしてもらえなかった、よく分からずに治療を受けてしまったという経験はありませんか? 当院ではそのようなことがないよう、わかりやすい説明に加え、患者様一人一人に合わせた治療プランをご提案させていただき、すべての患者様が納得した上で治療を受けていただけるよう努めて参ります。 当院では予防歯科にも力を入れております。歯医者というと症状が出てから通うイメージが強いかもしれませんが、削る・抜くという治療を極力しなくていいように、予防をしていくことが将来的に多くの歯を残し、健康に過ごすことに繋がると考えております。 むし歯で歯に穴が開いてしまった部分や、歯周病で失われてしまった歯は二度と元には戻りません。 むし歯治療を今後繰り返すことがないように、歯周病でこれ以上歯を失うことがないように、また、まだ治療経験のないお子さんは全ての歯を守っていけるよう、患者様一人一人にあった予防方法をご提案いたします。 ご来院を心よりお待ちしております。
当院は下妻市において産科・婦人科を開設して約70年となります。 地域の皆様の「安心・安全なお産」を心掛け、ユニセフ・WHO(世界保健機構)認定の母乳育児を通して楽しく充実した子育てを長年支援して参りました。 2019年12月末で分娩取扱は終了いたしますが、引き続き地域医療に貢献してまいります。 今後は婦人科外来にて女性のLife Cycleの中でそれぞれの年代状況において遭遇するお悩みに寄り添いケアする医療を目指し、予防接種、健康診断等にて母子の健康管理の充実に努めてまいりたいと思います。
地域の皆様に信頼される「まちのかかりつけ医」として、どんな些細な悩み、症状でも相談しに来てください。私達の健成会軽部病院は、温かい医療チームと充実した設備を備えています。患者様一人ひとりに寄り添い、安心できる医療サービスを提供することを使命としております。頼れる「健康想像パートナー」として、皆様の健康に貢献できることが医師の冥利と思っております。 地域の皆様と共に歩み、健康で幸せな生活をサポートできることを心より願っております。どうぞお気軽にご相談ください。 心よりお待ち申し上げております。
はじめまして。中川歯科医院、院長の中川 健です。 この下妻市のかかりつけ医として、皆さんのお口の健康をお守りいたします。 当院も私で3代目となり、これまで多くの方々の診療を行ってまいりました。 昔から通っていただけている患者さんも、これから通っていただく患者さんも等しく大切に丁寧な診療を行っていきます。 特に私は「負担の少ない治療」「患者さんに喜んでもらえる治療」を目指し、最新の設備や歯科の知識を積極的に取り入れています。 これからも患者さんの「ありがとう」のために歯科医師として誠心誠意、努めてまいります。お口のことでお困りごとがございましたら何でもご相談ください。
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