階段を上がるときに以前よりも息が切れる、休んでもだるさが抜けないといった体の変化を、年齢や日頃の運動不足のせいにして見過ごしていませんか。こうした何気ない体調の変化の裏には、肺の血管の血圧が高くなる「肺高血圧症」という病気が隠れていることがあります。本記事では、肺高血圧症の具体的な症状や受診のタイミング、何科を受診すべきかについて詳しく解説します。

その息切れ、年のせい?肺高血圧症のサインかもしれません

40代や50代を過ぎると、日常生活の中で息切れや疲れやすさを感じる機会が増えることがあります。仕事が忙しいから、あるいは少し体重が増えたからと、自己判断で様子を見てしまう人は少なくありません。けれど、平地を歩くときは平気なのに坂道や階段を上がるだけで著しく息が切れる、十分に睡眠をとっているのにだるさが続くといた症状は、肺の血流が滞っている警告サインの可能性があります。初期の肺高血圧症は非常にゆっくりと進行するため、本人が自覚しにくい特徴があります。「いつもの疲れ」と片付けず、自分の体が発している小さな変化に目を向けることが大切です。

【症状チェックリスト】肺高血圧症でみられる症状

肺高血圧症の症状は、病気の進行段階によって変化するため、体の中で何が起きているのかを把握するために、どのような症状が現れるのかを段階別に確認しておきましょう。

初期に現れやすい症状

初期の段階では、肺の血管が狭くなり始めているものの、心臓が無理をして血液を送り出しているため、安静時にはほとんど症状を感じません。主な初期症状としては、以下のようなものが挙げられます。

・階段や坂道を上がるときなど、体を動かしたときにだけ生じる息切れ

・普段通りの仕事や家事をしただけで、いつも以上に強く感じるだるさや疲労感

・体を動かしたときに、一時的に胸が締め付けられるような違和感や軽い痛み

これらの症状は、動くのをやめて休むと比較的早く改善するため、単なる疲労や体力の衰えと誤解されやすい傾向があります。

進行すると見られる症状

肺の血管の抵抗がさらに強まり、心臓から肺へ血液を送る右心室への負担が限界に近づくと、安静にしているときの症状も現れるようになります。進行期には、以下のような深刻なサインがみられます。

・平地を少し歩くだけで息苦しくなり、衣類の着脱などの日常動作でも息切れがする

・夕方になると足の甲や脛が強くむくみ、靴がきつくなる(下肢浮腫)

・急に立ち上がったときや、少し体を動かしたときにめまいがする、あるいは一時的に意識を失う(失神)

・唇や爪の先が青白く、あるいは紫色になる(チアノーゼ)

特に、めまいや失神、足のむくみは心臓の送り出す力が低下している「心不全」の兆候であり、速やかな対応が求められます。

息切れやだるさが続くなら…受診を検討する目安

仕事や家庭の責任から、少し体調が悪くても病院に行くのを先延ばしにしてしまう方は多いでしょう。けれど、肺高血圧症は自然に治る病気ではなく、放置するほど心臓への負担が増してしまうため、適切な受診のタイミングを知っておくことが大切です。

こんな症状があれば早めに医療機関へ

日常的な息切れやだるさであっても、それが2週間以上続くような場合は受診を検討してください。特に、以前は問題なく上れた階段の途中で立ち止まって休むようになった場合は、単なる加齢とは考えにくいため、早めの検査が必要です。また、めまいや一時的に意識が遠のくような感じを経験したことがある場合、あるいは足のむくみが改善しない場合は、すぐに医療機関に相談してください。

なぜ早期発見・早期治療が重要なのか

肺高血圧症は、かつては有効な治療法が限られており、予後の厳しい病気とされていました。けれども近年、治療薬の目覚ましい進歩によって、早期に発見して適切な治療を始めれば、病気の進行を大幅に遅らせ、以前と変わらない日常生活を長く維持できるようになっています。反対に、診断が遅れて心不全が進行してしまうと、血管や心臓へのダメージを回復させることが難しくなります。「まだ動けるから大丈夫」と思わず、早期のうちに病気の有無をはっきりさせることが、将来の生活の質を守る最も確実な方法です。

肺高血圧症が疑われる場合、何科を受診すればいい?

いざ病院に行こうと思っても、肺高血圧症という名前から、肺の病気なのか心臓の病気なのか迷うかもしれません。適切な病院の受診先を把握することが、スムーズな診断につながります。

まずは「循環器内科」か「呼吸器内科」へ相談を

肺高血圧症が疑われる症状がある場合、受診を検討すべきは「循環器内科」か「呼吸器内科」です。肺高血圧症は、肺の血管の病気であると同時に、心臓に多大な負担をかける病気であるため、これら2つの診療科が中心となって検査や治療を行います。もし近くにこれらの専門科がない場合や、どこに行こうか迷う場合は、まずは身近なかかりつけ医を受診し、症状を伝えて紹介状を書いてもらうのが良い方法です。

受診時に医師に伝えるべきこと

限られた診察時間の中で医師に正確な情報を伝えるために、あらかじめメモを用意しておくと安心です。以下の点について日常の様子をまとめておきましょう。

・いつ頃から息切れやだるさが感じられるようになったか

・どのような動作をしたときに最も息が切れるか(平地を歩くとき、階段を上がるときなど)

・これまでに意識が遠のくようなめまいや失神を起こしたことがあるか

・過去の病歴(特に心臓の病気、肺の病気、膠原病、下肢の血栓症など)や、現在服用している薬

・喫煙の有無やこれまでの喫煙歴

具体的な情報を伝えることで、医師も肺高血圧症の可能性を視野に入れた検査をスムーズに組み立てやすくなります。

専門医による診療の重要性

肺高血圧症は、日本全体の患者数が数千人規模とされる稀少な病気であり、非常に専門性が高いため、一般の内科クリニックだけでは確実な診断や治療方針の決定が難しくなる場合があります。初期の検査で疑わしさが高まった場合は、その病気に特化した専門医や、大学病院・専門センターのような高度医療機関を紹介してもらうことが推奨されます。専門医のチームによる総合的なケアを受けることが、長期にわたる良好な療養生活には欠かせません。

そもそも「肺高血圧症」とはどんな病気?

肺高血圧症についての正しい知識を持つことは、病気の不安を和らげ、前向きに治療に取り組む第一歩となります。この病気のしくみと特徴を見ていきましょう。

心臓から肺へ送る血管の血圧が異常に高くなる病気

私たちは普段、全身の血管の血圧を意識しますが、肺高血圧症はそれとは異なります。心臓の右側(右心室)から肺へ血液を送るための血管を「肺動脈」と呼びます。正常な状態の肺動脈の平均血圧は15mmHg程度と非常に低く保たれていますが、何らかの原因で肺動脈が狭くなり、血液が通りにくくなると、安静時の平均肺動脈圧(mPAP)が20mmHgを超えるようになります。これが肺高血圧症の病態です。肺の血流が滞っていくと、体の各所に十分な酸素を送れなくなるだけでなく、狭い血管に血液を送り出したい右心室に強い圧力がかかり、次第に心臓の機能が低下していきます。

原因によって5つのグループに分類される

肺高血圧症はその原因や病態に応じて、世界保健機関(WHO)の分類に基づき、大きく5つのグループに分けられています。

・第1グループ(肺動脈性肺高血圧症:PAH):肺の細い動脈そのものが狭くなるタイプで、遺伝性のものや膠原病、薬物、あるいは原因が特定できない特発性のものが含まれます。

・第2グループ(左心疾患による肺高血圧症):僧帽弁膜症や心不全など、左側の心臓の病気が原因で、肺から心臓に戻る血液が渋滞を起こして肺血圧が上がるタイプです。

・第3グループ(肺疾患・低酸素血症による肺高血圧症):慢性閉塞性肺疾患(COPD)や間質性肺炎など、肺の病気によって肺の組織が壊れ、酸素不足から血管が収縮するタイプです。

・第4グループ(慢性血栓塞栓性肺高血圧症:CTEPH):肺の血管に古い血栓(血液の塊)が詰まり、血管が塞がったままになるタイプです。日本では国に難病指定されています。

・第5グループ(その他の原因による肺高血圧症):血液疾患や代謝性疾患など、多様な全身性の病気が背景となって起こるタイプです。

このように原因が異なるため、どのグループに属するかによって治療アプローチも全く変わってきます。

病院で行われる検査と診断の流れ

肺高血圧症の診断のためには、段階を追った複数の検査が必要です。心臓や肺の状態を多角的に調べることで、原因を特定していきます。

初期段階で行われる主な検査

受診後、まずは体への負担が少ない検査から実施されるのが一般的です。以下の検査を通じて、肺高血圧症の疑わしさがあるかをスクリーニングします。

・胸部X線検査:心臓の拡大(特に右心室の腫れ)や、肺の血管が太くなっている様子を確認します。

・心電図検査:心臓の右側に過度な負担がかかっているサイン(右室肥大など)が出ていないかを調べるのに役立ちます。

・血液検査:心臓の負担を示すマーカー(BNPやNT-proBNPなど)の数値を測定し、心機能の低下を評価します。

・心エコー検査(超音波検査):胸の上から超音波を当てることで、心臓の動きや弁の様子、肺動脈のおおよその血圧を体を傷つけずに推定できる非常に重要な検査です。

確定診断のために必要な精密検査

初期検査で肺高血圧症の可能性が極めて高いと判断されると、より詳しい情報を得て確実な診断を下すための精密検査が行われます。

・右心カテーテル検査:手首や足の付け根の静脈から細い管(カテーテル)を挿入し、直接心臓や肺動脈の中へすすめて実際の血圧や血液の酸素飽和度、心拍出量を精密に測定します。この検査は肺高血圧症の診断を確実にするために欠くことのできない最も重要な検査です。

・呼吸機能検査および肺血流シンチグラフィ:肺の空気の出し入れの能力を調べたり、血液の中に微量のラジオアイソトープを混ぜて撮影することで、肺の血管のどこかが詰まっていないか(特に第4グループの疑わしさがないか)を調べます。

・胸部CT検査:肺の組織そのものの病気や、肺動脈の変形、血栓の有無を詳しく視覚化します。

肺高血圧症の治療法

肺高血圧症の治療は近年、非常に多様化し、患者一人ひとりの病態に合わせたカスタマイズが進んでいます。主な治療法は以下の3つに大別されます。

薬物療法

主に肺の血管を広げて血圧を下げる治療です。これには体内の血管拡張物質の作用に合わせた複数の系統があり、プロスタサイクリン関連薬、ホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害薬、エンドセリン受容体拮抗薬などが代表的です。これらを2種類、あるいは3種類と初期から複数組み合わせて使う「多剤併用療法」を行うことで、治療効果が飛躍的に高まっています。また、2025年には新しいタイプの薬としてアクチビンシグナル阻害薬が承認されるなど、血管の異常な増殖を抑える新しい治療の選択肢も加わりました。これらの薬を適切に継続することで、心臓への負担を劇的に減らすことが可能です。

在宅酸素療法

血液中の酸素レベルが低下している患者に対しては、在宅酸素療法(HOT)が行われることがあります。自宅や外出先で酸素濃縮装置や携帯用酸素ボンベを使用し、チューブを通して酸素を吸入する治療法です。体内の酸素不足が改善されることで、肺の血管が過剰に収縮するのを防ぎ、心臓への余計な負担を軽減することができます。これにより、息切れが和らぎ、日常の移動や散歩などが楽に行えるようになります。

外科的治療

薬物療法だけでは十分な効果が得られない場合、あるいは特定の原因による肺高血圧症の場合には、外科的な処置やカテーテルを用いた治療が検討されることがあります。特に第4グループの慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)に対しては、肺動脈内の血栓を取り除く「肺動脈血栓内膜剥離術」や、カテーテルを用いて狭くなった血管を風船で広げる「バルーン肺動脈形成術(BPA)」が非常に有効な治療法として確立されており、治療成績は飛躍的に向上しています。また、あらゆる治療を行っても病状が進行する最重症のケースでは、肺移植が最終的な治療選択肢として考慮されることがあります。

日常生活で気をつけること

医療機関での治療と並行して、患者自身が日々の生活習慣を整えることも、病状の安定には極めて重要です。

運動・食事・感染症予防

肺高血圧症の患者にとって、急激な運動や重い荷物を持つなどの動作は心臓の強い負担となります。運動を行う際は、必ず主治医と相談の上で、息が上がらない程度の軽い有酸素運動(ウォーキングなど)にとどめ、医療用リハビリテーションの指導を受けるのが理想的です。食事面では、塩分の過剰摂取に注意が必要です。塩分を取りすぎると体内の水分が溜まりやすくなり、心不全を悪化させ、足のむくみや息苦しさを強める原因になります。また、風邪やインフルエンザなどの呼吸器感染症にかかると病状が急激に悪化する恐れがあるため、手洗い・うがいの徹底に加え、インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンの定期的な接種が強く推奨されています。

妊娠・出産について

妊娠および出産は、母体の心臓や血管に極めて強い血液循環の負担をかけることになります。肺高血圧症を患っている女性の場合、妊娠・出産に伴う合併症のリスクが非常に高く、母体生命に関わる危険があるため、ガイドラインでは原則として避妊(妊娠の回避)が強く推奨されています。妊娠可能年齢の女性患者は、避妊について十分な指導を受ける必要があり、万が一妊娠を希望する場合や、予期せず妊娠した場合には、直ちに主治医や専門医に相談しなければなりません。

利用できる医療費助成制度

肺高血圧症の治療、特に肺血管拡張薬を用いた薬物療法は、長期にわたることもあり、高額な薬剤費がかかることが少なくありません。けれども、肺高血圧症の多くの病型(特発性や遺伝性の肺動脈性肺高血圧症、慢性血栓塞栓性肺高血圧症など)は、国が指定する「指定難病」の対象となっています。都道府県に申請し、認定を受けることで「特定医療費(指定難病)受給者証」が交付され、月々の医療費の自己負担額に上限が設けられるため、経済的な負担を大幅に軽減しながら治療を継続することが可能です。制度の利用については、受診時に主治医や病院のソーシャルワーカーに相談してみてください。

まとめ

「階段での息切れ」や「抜けないだるさ」は、年齢や日々の忙しさのせいにして放置しがちな症状です。けれども、それが肺高血圧症という重要な病気のサインである可能性を認識することは、未来の健康とこれまでの生活を守るために不可欠です。原因が分からず不安なまま過ごすよりも、まずは循環器内科や呼吸器内科、あるいは身近のかかりつけ医に相談し、適切なステップを踏んで専門医の診断へとつなげていくことが大切です。現代の医療技術と新しい治療薬は日々進化しており、早期の正しい一歩が、あなたとご家族の安心した未来をしっかりと支えてくれます。