今注目が集まっている医療や健康情報を病院検索ホスピタが厳選して分かりやすくお届け! 今回は『うつ病の治療を知る!『認知行動療法って何するの?』』をご紹介させて頂きます。

「私、うつ病かも」と思っても、治療を躊躇してしまう人は多いです。治療に壁があると感じているからです。壁とは「薬物療法は副作用が強そう」とか「認知行動療法は何をやらされるんだ」といったイメージです。きょうは認知行動療法について解説します。「やること」を知っておけば、治療への抵抗が減るでしょう。
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ペットボトルのジュース

認知行動療法を分かりやすく説明するときに用いられるのが、「ペットボトルの半分のジュース」の例です。ある人はこれを「まだ半分もある」と思い、別の人は「もう半分しかない」と考えます。つまり同じ事象に接していても、人の性格や状況によって真逆のとらえ方が可能なのです。

うつ病の人は、物事をネガティブにとらえる傾向が強いのです。すべての環境や事象に対してネガティブに感じてしまうので、とてもつらい気持ちになります。これが心を壊すのです。
そこで、環境や状況を一切変えずに、考え方を変えるだけでポジティブな気持ちになってもらう、これが認知行動療法の目標です。この治療には次の2ステップがあります。
①偏った物事のとらえ方を修正することで
②気分や行動を変化させる

認知が気分と行動を左右する

「認知」という言葉は、直感的に意味が分かるような気がしますが、しかしきちんとした定義を説明することは難しいでしょう。精神科領域における「認知」とは、「出来事のとらえ方」という意味です。
人の気分や行動は、出来事のとらえ方や、事象に対するイメージ、または、その人の考え方によって変わってきます。つまり「嬉しい」「つらい」「悲しい」「活動的になる」「ふさぎこむ」といった気分や行動は、認知によって変わってくるのです。
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偏りを修正する

冒頭でペットボトルの例を出しましたが、他人とのかかわりでも、同じことがいえます。例えば2人で喫茶店にいるときに、沈黙したシーンを想像してください。あり人は「お互いに話題がなくなったな」と感じるだけで、まったく意識しません。
しかしうつ病の患者は、「私のことが嫌いなんだ」「私と会話したくないんだ」「私は退屈な人間なんだ」とまで考えてしまうのです。そうなんです。うつ病の患者は「否定的な認知の仕方」をしてしまうのです。これが、認知行動療法によって修正すべき「偏ったとらえ方」なのです。
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自分を追い込んでしまう

うつ病の方の偏ったとらえ方には次の特徴があります。
①根拠がないのに決めつけてしまう
②自分が悪いと思ってしまう
③「黒か白か」しか選択できない
④過度の一般化

①では例えば、友人の携帯に電話をかけたときに、相手が出なかったとします。一般の人は、「運転中かな?」とか「忙しいのかな?」と考えます。しかしうつ病の人は「無視された」「嫌われてしまった」と決めつけてしまうのです。
そして、無視されたり嫌われたりするのは、自分のせいだと考えるのが②です。

③は物事を極端に分類する傾向のことをいいます。例えばテストで80点を取っても、100点ではないことから「こんなの0点と同じだ」「自分はダメだ」と考えてしまうのです。「80点は優秀な方」とは考えられないのです。
しかしこの③の場合は、実は悪いことではない場合もあります。「ダメだ」と感じることで「次は頑張ろう」となり、努力の原動力にもなるからです。しかしうつ病の患者は、そういったポジティブな行動に移ることが苦手で、ネガティブな思考を積み重ねてしまうのです。自分を追い込み、余裕がなくなってしまうのです。

④の過度の一般化は、わずかな出来事から極端な結論を導き出してしまうことをいいます。例えばサラリーパーソンが、昇進試験に落ちたとします。うつ病の人はそういうときに、「そういえば自分は企画力がない」「営業成績も落ちている」「部下の指導もうまくいっていない」「そんな自分は上司に嫌われている」とまで考えてしまうのです。
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患者に気付かせる

さて、実際の医療現場で認知行動療法は、精神科や心療内科の医師が患者と1対1で向き合って対話をします。
患者はまず、気になることや嫌なことを紙に書き出します。最初に書き出したものが「偏ったとらえ方」となります。
次に医師は、患者が、書き出された出来事によって、患者がどのような気分になっているかを尋ねます。気分は患者に数値化してもらいます。例えば「ショック95%」「絶望90%」と自己評価するのです。
ここまで準備した上で医師は、患者自身が書き出した項目が「偏ったとらえ方」であることを患者に気付かせるのです。

「本当にダメなの?」

例えば先ほどの昇進試験に落ちた例で考えてみましょう。うつ病患者は、①企画力がない、②営業もダメ、③部下も指導できない、④上司に嫌われている、と書き出したわけです。
次に医師が「あなたが考えた企画は、本当にこれまで1度も採用されたことはないですか?」と尋ねます。すると大抵の患者は「あります」と答えるでしょう。
さらに「大口の契約を取ったことは1度もありませんか?」と尋ねると、やはり1度や2度は大口契約を取っているのです。部下から相談を受けた経験があれば、部下から頼られていることになりますし、上司からお酒に誘われたことがあれば上司は患者を嫌っていないことに気付きます。

さらに、昇進試験に落ちたことについても医師は「本当にそうなの?」と質問します。落ちたことは本当でも、もしかしたら今年だけ特に合格率が低かったことが分かるかもしれません。最も優秀な同僚さえ落ちていたことが分かれば、落ちたことを過度に気にする必要はないわけです。
その結果、当初は「ショック95%」「絶望90%」だったものが、「良い結果を生んだこともある」という気付きによって、例えば「ショック60%」「絶望30%」にまで減ることが期待できるのです。

これを繰り返すことによって、患者の「物事のとらえ方」の癖が見えてきます。さらに継続すると「偏ったとらえ方を修正する方法」もパターン化されます。

薬物療法との併用で効果が向上

認知行動療法は、軽症の患者には採用されません。中等症や重症の患者に処方される治療です。杏林大学精神神経科医の菊地俊暁講師によると、薬物療法と認知行動療法を併用することで、うつ病の治癒率は高まるそうです。また認知行動療法は再発の確率を低くする効果も期待できます。

面白い研究結果があります。薬物療法と認知行動療法では、脳への作用が異なるというのです。認知行動療法を行うと、脳の前頭葉という場所が「鎮静化」することが分かりました。前頭葉は「脳の司令塔」です。うつ病は脳が「不安だ」「ダメだ」と決めつけている状態なので、前頭葉を鎮めてやることで、ネガティブな気持ちが減るのです。
薬物療法で抗うつ薬を使うと、脳の深い部分が活性化して、意欲や興味が強まるのです。

治療を受けられる機会が拡大

認知行動療法は効果的な治療ですが、医師に高いスキルが必要になることと、1回の治療に30分以上かかることから、すべての精神科病院やメンタルクリニックで行っているわけではありません。
しかし2016年4月から、専門的な訓練を受けた看護師も、この認知行動療法を行えるようになりました。今後はこの治療を受けられる機会が拡大するでしょう。

(資料提供:杏林大学精神神経科医、菊地俊暁講師)

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