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2011年東北関東大震災、気仙沼日記(8月24日9時30分)②

2011年8月24日9時30分~:
『気仙沼市民会館の恩人』 
気仙沼市民会館副館長横川幹夫様、避難所生活者で私の良きパートナー鎌田妙子様のことは以前に少し書いた。今日は気仙沼市民会館館長松下尚子(たかこ)様、避難生活者でもう一人のパートナー佐藤正美様について少し書いてみる。出向当初気仙沼市民会館館長は男性だと勝手に思っていた。ところが行ってみるとあれこれうるさいおばさんがいた。館長松下尚子様である。当初館長と知らず何だかあつかましいおばさんだなあ。近くで横川副館長が秒単位で動いている。電話に出たり、呼ばれて飛んでいったり、私どもボランティアなどに気遣ったり、それはもう独楽鼠のように働く。松下館長はあまり動かず、じっと回りを見ながら自分の意見をハッキリと大きな声で言う。こそこそ話すことは全くしない。指示をしているのか意見を行使しているのかよく解らないのだ。ただ館長と副館長の間には全く異種の人間同士の阿吽の呼吸があり、それが徐々に見えてきた。私はだんだん興味が出てきて、遂には気仙沼市民会館避難所ボランティア生活で一つの楽しみに変わってきた。松下館長は今回の津波でご主人を亡くされ、先日のTBSニュース23でも報道されたが悲しみの中で強く気仙沼復興を目指して日々汗を流している。医師ボランティア業務も現地の復興に合わせて難しい局面を迎えており、毎回模索を続けている私だが、松下館長はよく相談に乗ってくださり、私の迷いをその都度払拭してくれる。横川副館長とともに私の大切なアドバイザーである。佐藤正美様、小学校5年生の滋記君との母子家庭、気仙沼市郊外鹿折地区のわかめ工場で働いており、市民会館から毎朝通っている。彼女は私が単独ボランティアを始めた当初から鎌田妙子様とともに私の診療を陰で支えてくれている。毎朝6時からの医療相談で必ず来て仕事に行くまでの大事な時間を裂いてお手伝いをしてくれる。滋記君は被災当初は泣いてばかりで、怪我をしては私のところにやってくるも診察をなかなかさせず苦労した。しかし長い避難所団体生活のお陰?か、最近はみるみる大人になって自立していく姿が見ていて頼もしい。将来大學で東京に来た際は、是非我が家に下宿してほしいと思う。

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本日記は下記にて2011年4月2日より随時更新中です。
【記】
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