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クリニック西川

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脳は否定形が苦手

キャディーさんから「右はOBだから注意してください」と注意される。「よし、右はダメ。左の方に打って行こう。絶対に右はダメ。」と頭の中で繰り返してティーショットを打つ。結果はあれほどダメと言われた右の方へ大きくスライスして、「ファー」の叫びとともに球はむなしくOBの白杭の彼方へ飛んで行ってしまう。
池越えで残り150ヤード。100ヤード打てれば池は越えられる。普通に打てばなんてことはない状況だ。だがまたここで心の中の声が聞こえてくる。「ダフって100ヤード打てないと池に入ってしまうし、トップしてゴロだと池に入ってしまう」。意を決して渾身の力を込めてクラブを振り回すと、見事なトップボール。懸命に水を切るものの力尽きて対岸までは届かず池ポチャ決定。
私のゴルフでの日常的な風景である。だが、こんなことは私に限ったことではない。私のようなダボゴルファー諸氏は同じような経験をお持ちのはずだ。いやダボゴルファーに限ったことではない。
先日行われたプロゴルフツアー最終戦のJTカップの最終ホール。2位に3打差をつけてトップを走る宮里優作。ティーショットはグリーンを捕らえられなかった。だが、ダボでも優勝なのだからもっと気楽に打てばよいのに、緊張しすぎた第2打は素人のようなトップボールで、また反対側のラフへ。
ツアー優勝がないことがゴルフ界の7不思議の一つと言われてきた。宮里はプロの中でも1,2の優れた技術と飛距離を持ちながら、これまで何度となく優勝カップを逃してきた。しかも、3日目までトップ争いをしていながら、最終日になると崩れて逆転を許してしまうというパターンが多い。原因はひとえにメンタル面の弱さに違いない。
JTカップ最終局面でもこの蚤の心臓が出て、またもや優勝を逃すのかと誰もが心配した。何とか悲願の優勝をさせたいという皆の祈りが後押ししたのであろう。3打目が直接カップインするミラクルショットで涙の初優勝となった。
トッププロでさえ、「ここでこれだけはしてはいけない」と思ったとたんに普段の動作ができなくなり、かえって最悪の結果になってしまう。なんとも皮肉なことだ。この皮肉を生み出すのはひとえに脳の仕組みによる。

強迫観念とは強迫性障害の大元の症状である。自分では不合理で馬鹿げていると分かっているのに、自分の意思に反して絶えず頭に浮かんできて振り払うことのできない考えのことを言う。
たとえば、確認恐怖。外出や就寝の際に家の鍵やガスの元栓を、窓を閉めたかどうかが気になって不安になり、確認する。ちゃんとできていることを確認したにもかかわらず、すぐにまた不安になって、何回も戻ってきて確認を繰り返す。ひどくなると、大切な約束をほっぽりだしたり、朝までまんじりともしないで、何時間でも確認し続ける。
こんな状態を見ると、身近な人は例外なくこう忠告する。「そんなことは気にしちゃダメ」と。だが、この「ダメ」がさらに症状を悪化させる。「気にすまい、気にすまい」と思えば思うほど、気になってくるのだ。どうやら我々の脳は「ダメ」とか「いけない」といった否定形が苦手にできているようだ。否定形の指示を与えられると、その指示文の中から「not」を拒否してしまい、だめな行動を起こすように反応しやすいのだ。だから「気にするな」と言われれば言われるほど「気になってくる」。この悪循環の作業で強迫症状はどんどんひどくなっていく。
強迫観念に対する正しい対処法は「気になったままにしておく」ことなのだ。これを森田療法では「あるがまま」と言う。だが、「あるがまま」と言われても、不安な状態をそのままにしておくのは言うは易し行うは難しである。なかなかその心境には至らないが、少なくとも「気にしちゃダメ」と言う否定形の叱咤だけは止めていただきたい。子供のしつけや教育でも、叱るよりは褒める方がうまくいく。脳は叱られると入力系を閉ざしてしまい、褒められるとどんどん相手の言うことを聞き入れるようにできているからだ。

キャディーさんこれからは是非とも「右はOBでダメですよ」ではなく、「左の方が広くて打ちやすいですよ」と言ってください。