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朝貢(ちょうこう)

2月21~24日の日程で安倍首相が再登板後初となる訪米を果たし、無事にオバマ大統領との首脳会談を終えた。鳩山内閣以来ぎくしゃくしていたアメリカとの関係改善を主要な課題の一つと考えている安倍さんにとってはまずは一段落といったところだろう。
 ところで、政権が変わるたびに新しい首相は必ず外国を訪問する。新婚さんの挨拶回りのようなものだろう。この訪問の順番は我々が考える以上に意味を持っているらしい。つまり、結婚式のスピーチの順番と一緒で、早い国ほど、大切な国として考えていることを表しているからだ。だから、これを誤ると相手国に不快感を与えてしまう。係長より後にスピーチを回された課長から「なんで俺があいつより後なんだ」とすねられるのと同じだ。
 また、一回の外訪で何ヵ所回るのかも、相手の格付けと関係する。つまり、数ヵ国の訪問のうちの一国であるか、その国のためだけに旅立なのかによって相手の国に対する表敬度に大きく差がつく。One of themよりもonly oneの方に価値があるのは当然である。
 安倍さんは首相就任後初の外国訪問に、ベトナム、タイ、インドネシアの東南アジア3国を選んだ。そしてその1週間後に今回の訪米。この外交の思惑を推量するとこうなる。
 高まる中国の脅威と対抗するために、対中国包囲網を作るべく、東南アジア有力国との関係を深めることが喫緊の課題である。また、これら東南アジア諸国との連携を深めることは、次の週に訪れる米国とのTPPに関する交渉を有利に運ぶための必要条件である。そのために、とりあえず東南アジア主要国を訪問した。
 そして次の週、単独にアメリカを訪問した。ここでアメリカのためだけに日程を調整して訪問したことに意味がある。ヨーロッパ諸国や国連訪問に合わせての訪米では意味がないのだ。これによって、「今我が国は中国や、中国が後ろ盾となっている北朝鮮との間で極めて厳しい状況に立たされています。だから、東南アジア訪問を優先させていただきました。しかし、もっとも大切に思い、頼りにしているのはアメリカです。」という恭順の態度を示したのだ。

 古今東西、国家間でのトップ会談は外交のもっとも基本だ。お互いに顔を合わせて握手をし、敵対意識がないことを確認し合う。あわよくば、己に有利な方向に導こうとする駆け引きの場でもある。だから、政権が交代する度に重要国との訪問外交が行われる。
 ここで問題となるのが、どちらが招待し、どちらが訪問するのかという主客の立場だ。都合がいい方が訪問すればいいだろうと考える方もいるかもしれないが、それは大きな間違い。この判断を誤ると戦争に発展する可能性だってある。
 年末年始のあいさつ回りを思い出して欲しい。部長が平社員の家に年賀の挨拶に訪問するだろうか。絶対にあり得ない。同じことである。招待する側が格上で、訪問する側が目下という暗黙の了解が成り立っているのだ。
 思い返して欲しい、日替わりカレンダーのように変わる日本の総理大臣が、就任の度に訪米するのに対して、アメリカの大統領の訪日・トップ会談は昭和天皇のご葬儀、小渕首相の葬儀や、サミット、APECなどへの参列のついで会談する以外には滅多に行われない。お互いに米日が明らかな主従関係にあることを認めている表れなのである。
 最近、森元首相がロシアのプーチン大統領と会談した際に、プーチンから「是非とも安倍首相をロシアに招待したい」との申し出があったと報じられた。この言葉には2つの意味がある。表面的には「隣国としてより友好を深め、懸案の北方4島問題解決に向けての協議に応じましょう」という好意的な意味。しかし、言外に「ロシアの方が格上であることを確認するために私めを表敬訪問しなさい」と言っている。

 格上の国を訪問し、敬意を示し、友好関係の維持あるいは庇護を求める外交手法を「朝貢外交」という。この「朝貢」の起源は古代中国に発する。前近代の中国では時の皇帝あるいは覇権を握った王に対して、周辺国の君主が貢物を携えて表敬訪問し、これに対して皇帝や覇者が恩賜を与えるという習慣があった。
 飛行機や車が無く、相対的に地球が今よりも数倍広かった時代においては、主客の立場が、両者の上下関係と直結していることがとても理解しやすかった。長旅をするということは多大な時間と労力を費やす上に、かなりな危険をともなったからだ。危険は道中の事故や外敵からの襲来だけではなかった。訪問先での滞在も危険と隣り合わせだったのだ。歴史的には訪問先で謀殺されたり幽閉されることも稀ではなかった。
 情報化が進んだ現在、さすがに訪問してきた相手国の代表を毒殺したり、拉致したりはできないだろう。しかし、相手の手中に飛びこむことの危険性は今も変わらない。国家の形態をいくら近代的に装っても、それを動かす人間が進化しているわけではない。外交上の約束事は昔と同様の暗黙のルールの上に成り立っている。
 
 「朝貢」と言えば、「貢物」が欠かせない。訪問先にできるだけ気にいられるような贈りものを持っていかなければならない。今回は、麻生首相時のお箸に次いで、またも福井県小浜市から若狭塗のボールペンを贈呈したようだ。だが、そんなものは贈り物に添える名刺みたいなもの。本当のお土産はおそらく次の4点だったのではないだろうか。
①日本の防衛予算の増額、②集団的自衛権を行使できるような法整備、③環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉への参加、④普天間米海兵隊基地の沖縄県移設計画の即時実行。
 貢物がアメリカの国益に沿うものであることは言うまでもない。安倍政権は国内でいかなる反対に会おうとも、なにがなんでも以上の4つの政策を推し進めるはずである。しっかりとご覧あれ。