高校卒業まで、大阪で育ちました。幼いころから、根っからの負けず嫌いの性格ですべて完璧にこなさないと気が済まない完璧主義でした。
中学校では生徒会長、成績はオール5の学年トップ。
先生からもドラえもんの出来杉君と言われるような時代を過ごしていました。
そんな順風満帆な小学生・中学生時代と生活をしてきた私に、高校生で転機が訪れます。
それは、各中学校のトップレベルの生徒が集まる高校で、生まれて初めて挫折を経験しました。最初の中間テストではクラスで下から2番目のブービー賞。
世の中は、広い。
井の中の蛙であることを身に染みて感じました。
勉強面は、高校入学とともに味わった挫折を引きずってしまい一年間の浪人生活を経ましたが、その後何とか鹿児島大学歯学部へ入学することができました。
このような挫折経験が歯科医師になってからの自分自身の仕事の向き合い方の気付きになっていると今となっては感じています。
なせ私が歯科医師になろうと思ったか。
それは、幼い頃より両親が歯科医院に定期的に連れて行ってくれていたことがきっかけです。私の両親は、ともに歯で苦労をしています。特に説明もなく歯の神経を抜かれたり、痛みが引かなければすぐに歯を抜かれたりと今では考えられない時代もあったようです。私には自分たちのように歯で苦労させまいと幼いころから予防に徹してくれていたと聞いています。幼い頃よりお世話になっていた歯科医院の先生は、とても優しく話を親身に聞いてくれ、処置が痛みなく、子どもながらに、「いつかこんな先生になりたい」と心のどこかで思っていました。
自分の進路について考えた時に、歯科医師という選択肢が浮かんだのも、通っていた先生のおかげです。その後大学に合格した際も一番に報告しにいったほど心に残っています。
理事長の川谷とは、大学時代の軟式テニス部のサークルで出会いました。
私が1年生で入部した時、理事長は6年生だったにも関わらず、とてもフランクに接してくれました。理事長は、面倒見が良く、テニスコートまでの送り迎えやサークル後の食事など、いつも気に掛けてくれていました。
学生ならではの楽しい時間を過ごすことができていたので、実質一緒に所属していたのは1年間でしたが、それ以上に一緒に過ごしたかのように感じます。
大学時代、私は病気で休学したことがあり、理事長は既に卒業され鹿児島を離れていたにも関わらずどこからか聞きつけて電話をくれました。
とても後輩思いの理事長に、感謝してもしきれないくらいの恩を感じていました。
その後無事復学、大学卒業後、大阪府内の一般歯科と総合病院付属の歯科で4年間勤務をしました。
その頃に、理事長と再会し、うえほんまち歯科へ見学に来る機会がありました。そこで目にした光景が、当時歯科医院4年目の私が抱えていた悩みを払拭させてくれました。
歯科医師として患者さんに関わる中で、
「時間に追われ、ただ患者さんの数をこなす治療になっているのではないか」
「本当に今やっている処置が、その患者さんにとってベストなのか」
「何度治療してもよくならない。自分がやっていることは正しいことなのか」
「歯だけを見て、患者さんを診れていないのではないか」
といったものでした。
「うえほんまち歯科でしっかり勉強しなおせば、その悩みは解決できるよ。
一から鍛えなおしてあげるよ。」
と私に伝えてくれた理事長の言葉に、心が動きました。
しかしながら、正直なところ当時の私にとってはあまりにも治療のレベルが違いすぎたため、すぐに入職を決意することができませんでした。
高校入学時に経験したあの挫折をもう一度味わうのではないかという不安が大きかったです。
なかなか首を縦に振れない私に、何度も何度も声をかけ続けてくれました。
しかし、歯科医師としての職業を考えた時に、自分の技術不足で患者様にかける迷惑は、高校時代で挫折のより周りにかけた迷惑の比ではないと気付きました。
患者様に心から喜んでいただくためには、今の治療技術で満足していたらいけない、目を背けてはいけないと気付いたのです。
自分が子どもの頃に憧れた先生のような、子どもが憧れるような歯科医師になりたいと夢を見ていたことを思い出し、ついにうえほんまち歯科に入職することを決意しました。
入職後は、理事長からの指導および治療技術を身につけるため、咬合、根管治療、成人矯正・小児矯正・インビザライン、インプラント、ダイレクトボンディング、歯周外科、マイクロスコープでの歯周病治療、義歯など日常臨床で遭遇するほぼすべての分野における数々のセミナーに参加し、現在も日々知識および技術のアップデートに努めています。
うえほんまち歯科に入職するまで、正直なところ院外の学術セミナーに参加する機会はほとんどありませんでした。初めて受講したセミナーが、京都で開業されている山田國晶先生の根管治療のセミナーでした。根管治療の専門医としてとても有名な歯科医師です。この機会が、私の歯科医師人生を大きく変えるターニングポイントの一つになりました。
根管治療は、職人技に近いものがあります。手先の微妙な感覚を習得するため、わずかな隙間時間も有効活用し、お風呂に入っている時ですらもひたすら模型でのトレーニングに励みました。
このような受講姿勢を評価してもらえた結果、数名しかいない山田先生のセミナーのサポートに抜擢していただく機会をいただきました。一流の先生方とお話させていただく機会も増え、自身も更なる努力を重ね、患者様に喜んでもらえる機会が増えたと実感しております。
歯科治療には、虫歯治療、歯周病治療、咬合、口腔外科、矯正、入れ歯などの様々な分野があります。それぞれの分野で一流の先生方のセミナーを受講していると、すべての分野で一流の治療を提供できるようになりたいと思うようになりました。
決して容易なことではありませんでしたが、日々精進したおかげで、全ての分野において自信を持って治療を提供できるようになりました。
その根底にあるには、「昨日の自分に負けない」という強い思いです。
日々の努力により、患者様から信用信頼、安心をしていただけることで、長期的に良い状態を維持できる医療を提供できると確信いたしました。
現状の「歯」、過去の「歯」だけを診て対症療法的な治療を行う自分が嫌だったので、医院を訪れる患者様には、単に治療を提供するだけでなく、
「なぜあなたは現在この状態になったのか」
「あなたにとってベストな治療法は何か」
「あなたは今後、どのような予後が見込まれるか」と、
一般的な話ではない、目の前の「あなたは」を念頭に、わかりやすく説明することを心がけています。
私が大切にしている考え方として、「対症療法でなく、原因療法」を行う必要性を掲げています。目の前の症状を緩和するための治療法ではなく、根本的な原因を解決するための治療法が重要だと考えております。
また、原因療法を考える上で、口の中全体を診る口腔医として治療をする必要があると気付きました。口は身体の入り口であり、健康の全てに関与しているので、そのすべてを診るようにしております。特にお子様の口腔の発達状態が、成人してからの健康に大きく影響を与えるため、歯並びをはじめ、癖や生活習慣、食事の内容まで、親御様にもアドバイスさせていただいております。
患者様に治療を提供する中で、私自身が嬉しく思える出来事もたくさんあります。
一つ目は、とある患者様の全顎的治療を行うことがあり、治療が落ち着いた際その患者様のご家族一同をご紹介いただきました。息子さんやお孫さんと含め、なんと10名近く!とても嬉しい出来事でした。
二つ目は、当時、小学校低学年の患者様だったのですが、治療後に、「先生、ちりょう ぜんぜんいたくなかったよ」という微笑ましいお手紙をいただきました。
(ちなみにこの手紙は宝物として大切に保管させていただいております)
自分自身の幼少期からの経験からも、子どもにとって歯科医院が怖くないところというイメージをプレゼントしたいと思っているので、こういったお言葉をいただけることはこの上なく幸甚でございます。
日々前進し続け、
「今まで悩んでいたことの原因理由がわかってよかったです」
「抜歯することなく自分の歯を残せてよかったです」
「歯の大切さを身に染みて感じました」といったお声をいただけることが励みとなっており、更に皆様へ治療を通じて還元していけたらと考えております
地域の皆様のみならず、東京や九州などの日本各地は元より、NYやノルウェー、コロンビアなど世界各国からもお見えになる方も増えてきております。
また、スタッフも北海道や和歌山県、奈良県、兵庫県など府外からも当院での就業を希望する者が増えており、より一層気を引き締めて日々の診療に臨んでいます。