当院の白内障手術・硝子体手術について
2009/05/14更新
◆当院では、日帰り白内障手術および硝子体手術を行っております。白内障手術、硝子体手術執刀には服部匡志先生が院長とと共に執刀致します。
◆服部匡志先生のご紹介

<プロフィール>
1964年 大阪生まれ
1993年 京都府立医科大学医学部卒業
同 年 京都府立医科大学眼科レジデント
1994年 多根記念眼科病院勤務(大阪)
1996年 愛生会山科病院勤務(京都)
1997年 出田眼科病院勤務(熊本)
1998年 聖マリア病院眼科(福岡)、海谷眼科勤務(静岡)
2002年 ベトナム国立眼科研究所網膜硝子体手術指導医
2004年 同研究所客員教授
<資格>
日本眼科学会専門医
日本眼科手術学会
日本糖尿病眼科学会
日本網膜硝子体学会各会員
<活動概略>
高校2年生の時、父親を胃がんで亡くしたことが医者を志す転機となった。それまでは文科系志望。京都府立医科大卒業後、外科を志望していたが眼科の木下教授に出会い、その人柄に惚れて眼科の道に進む。京都、大阪、熊本、福岡、静岡の民間病院で研鑽を積み、網膜硝子体手術の分野では世界のトップレベル技術を持つ。
2001年10月、母校の京都府立医科大学で開催された「臨床眼科学会」でベトナム人医師と出会い、患者の治療と眼科医の指導を懇願される。
2002年4月、ベトナムに渡る。以来、治療した患者は5000人を数え、医療スタッフの教育や意識改革は進んでいるものの、器材不足は否めず、自腹を切って器具を買い揃える。月給はわずかに1万円相当のため、ベトナムでの生活費にもならないため、定期的に帰国してスポット勤務医として資金を工面する二重生活が続いている。
平成16年7月4日、川口外務大臣がベトナム国立眼科病院を視察した際、ベトナムとの懇談会の席上で、その献身的な活動に対して謝意を表しその功績を称えた。
平成17年5月13日、町村外務大臣よりベトナムの医療技術の向上のみならず、日本とベトナムの草の根レベルでの相互理解、友好関係の促進の功績を称えられ、感謝状を贈呈される。
現在、ベトナムの「赤ひげ先生」として、また「患者は肉親」を座右の銘に、ベトナムの貧しい人々に対し無償で治療を行うとともに、ベトナム人医師に網膜硝子体手術の最新技術を伝えようと情熱を燃やす熱血医師として孤軍奮闘の日々を送る。
◆服部匡志先生のご紹介

<プロフィール>
1964年 大阪生まれ
1993年 京都府立医科大学医学部卒業
同 年 京都府立医科大学眼科レジデント
1994年 多根記念眼科病院勤務(大阪)
1996年 愛生会山科病院勤務(京都)
1997年 出田眼科病院勤務(熊本)
1998年 聖マリア病院眼科(福岡)、海谷眼科勤務(静岡)
2002年 ベトナム国立眼科研究所網膜硝子体手術指導医
2004年 同研究所客員教授
<資格>
日本眼科学会専門医
日本眼科手術学会
日本糖尿病眼科学会
日本網膜硝子体学会各会員
<活動概略>
高校2年生の時、父親を胃がんで亡くしたことが医者を志す転機となった。それまでは文科系志望。京都府立医科大卒業後、外科を志望していたが眼科の木下教授に出会い、その人柄に惚れて眼科の道に進む。京都、大阪、熊本、福岡、静岡の民間病院で研鑽を積み、網膜硝子体手術の分野では世界のトップレベル技術を持つ。
2001年10月、母校の京都府立医科大学で開催された「臨床眼科学会」でベトナム人医師と出会い、患者の治療と眼科医の指導を懇願される。
2002年4月、ベトナムに渡る。以来、治療した患者は5000人を数え、医療スタッフの教育や意識改革は進んでいるものの、器材不足は否めず、自腹を切って器具を買い揃える。月給はわずかに1万円相当のため、ベトナムでの生活費にもならないため、定期的に帰国してスポット勤務医として資金を工面する二重生活が続いている。
平成16年7月4日、川口外務大臣がベトナム国立眼科病院を視察した際、ベトナムとの懇談会の席上で、その献身的な活動に対して謝意を表しその功績を称えた。
平成17年5月13日、町村外務大臣よりベトナムの医療技術の向上のみならず、日本とベトナムの草の根レベルでの相互理解、友好関係の促進の功績を称えられ、感謝状を贈呈される。
現在、ベトナムの「赤ひげ先生」として、また「患者は肉親」を座右の銘に、ベトナムの貧しい人々に対し無償で治療を行うとともに、ベトナム人医師に網膜硝子体手術の最新技術を伝えようと情熱を燃やす熱血医師として孤軍奮闘の日々を送る。



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